貧乏留学生の黴れた美学

疾風怒濤の留学生活

タバコと煙、煙と儀式

すっかり世間の嫌われ者となってしまったタバコ。
タバコに対する憎悪すら感じる今日この頃。
今日はその魔の使いのように扱われるタバコについて書こうと思う。

 

もう2、3か月になるだろうか。
はじめはタバコの依存性を自ら確かめるべく、実験として吸い始めた。
日に3、4本から今では大体7本くらいを吸っている。
タバコは手巻きタバコ(こちらではタバコの葉を買って、自分で巻く
手巻きタバコが学生間の主流。安いからね)

 

さて、この愚かな実験の結果はどうだったかというと…。
結果、私の場合そんなにタバコに依存できず。

そう、依存できなかった?のです。

 

そもそもこの変な実験を始めたのも、「あぁ、タバコやめらんねぇよ」
とボヤくためだったというかなんというか。
なので個人的には少しガッカリな結果。
別にやめようと思えば難なく止めれるし、日課のジョギングの方がストレス発散
という意味ではよっぽど快感。
まあ、僕の周りの喫煙者達にとっては、タバコをやめるのは相当な苦行らしいが。
ただ今の時点ではタバコをやめようとは特に考えていない。
タバコは面白いと思ってるから。

 

そんな僕がタバコを吸って思った、タバコの好きなところ嫌いなところをまとめてみた。

 

まずは嫌いなところ

 

・なんといっても煙
・喫煙に掛かるコスト

 

…こんなところだろうか。
あれ?あんまり嫌いなところは思い浮かばなかった。

 

では続いてタバコの好きなところ

 

・煙を吸うという行為
・タバコを巻くという行為
・暇つぶしの一服
・一人で落ち着いての一服
・皆で話しながらの一服
・見知らぬ人々とのライターの貸し借り
・見知らぬ人々との一服雑談
・頭を空っぽにする時間

 

大体こんなところだろうか。
こうやって振り返ってみると、やっぱり好きだなタバコ。
少なくとも世の中から消えてしまえとは思わない。
だってタバコによって豊かになったものがたくさんあるから。

 

タバコって健康被害だけではなくて、面白い一面も多くある。
ある意味文化の一部なんだなと思う。

 

そもそも煙ってなんだか特別なものな気がしてる。

例えば乳香。

乳香って、欧州の教会に入ったら香ってるあの香り。
木の樹脂を固めたもので、一部の地域では食べたりもする。
僕はあの乳香の優しい香りが大好きで、よく部屋でも焚いてる。
殺菌成分も煙には含まれている?とかで。
キリスト教のイエスが誕生した際に、東方の三賢者の一人が贈ったとされる乳香。
なのでキリスト教にとっても大切な存在。

それから線香。
線香の香りも好きだ。昔おばあちゃん家に遊びに行った時、
好きでよく仏壇の前に座ってた。

お香、香木とかもいいよね。
こちらでは、クリスマスの時期になると、お香がクリスマスマーケット
で続々と売り出され始める。部屋がススっぽくなるのが難点だけど。

 

そんなこんなで結構いろいろな煙・香が好き。

 

ではダバコはどうかと言うと。
タバコの煙自体は煙たくて嫌いだ。目に入ると痛いし。

けどタバコの煙を肺に入れるという行為は好きだ。

 

ちょっと脱線して、

ところでタバコの起源はどういったものなのだろう?
諸説あると思うが、タバコは儀式に使われるものだったとか。
それが徐々に嗜好品として世間に広まり、ヨーロッパとの接触で
世界中に拡散したのだとか。

神と煙。
なんだか神秘的な感じ。
どうしてだろう?
空に昇っていく感じや香が神秘的高揚感を生み出したのだろうか?
他にもリラックス作用もあるし…
まあ、そんなこんなで嗜好品としての地位を確立していったのかな。

 

話は戻って、現在ではタバコって文字通り煙たがられてるけど、

社会的・文化的な側面もあって、喫煙者みんなでタバコを楽しむっていう

楽しみもあると思う。だから僕は好き。

実際にこちらで喫煙者に尋ねてみると、

タバコをやめたいと思いながら吸ってる人ってかなり少ない。
ほとんどの喫煙者は純粋にタバコが好きだと言う。

 

最近はタバコと言ったら二言目には「健康被害」
タバコなんて不健康だからやめなよ、という声も何処からか聞こえてくる。

タバコが健康か不健康かと言ったら、そりゃ不健康でしょう。

刺激物を喉、肺に直接入れてるわけだから。
でも、それはタバコに限ったことではなく、太陽の紫外線もそうだし、
食品に含まれる保存料だってそう。
過度の摂取は何であっても身体に悪い。それはタバコもそう。
けれど周りを見渡してみれば少子高齢化。

特に今の日本はひたすら高齢化社会。
昔はもっと喫煙率が高かったし、

衛生状態も紫外線への対策も今ほど徹底していなかった。

そんな中で育った人々も大往生したり、不幸な病気で亡くなったり。
タバコがそれほど身体に悪く、我々の命を蝕むのならば、
かつての喫煙者はとうの昔に亡くなっているのでは?と思う。

 

要するにタバコによる寿命の伸び縮みは長い人生の時間の誤差範囲内のように思える。
どれだけ健康に気を使っていても、病気になる時は病気になるし、
事故にあえばそこで終わり。そういうものではないだろうか?

 

健康は確かに重要なんだけど、
世の中には健康を人生の第一価値としていない人もいるわけで、
それをタバコを吸わない人々が批判するという社会はいかがなものか?

 

タバコにはタバコの楽しみ方があるし、吸いたいのなら吸いたいで結構な話。
タバコ嫌いならタバコ嫌いでいいけれど、
それによって他者を無差別に批判したり、嫌悪したりするのは寛容でないと思う。

 

タバコを吸うも吸わないも結局は当人の意志と決断も問題であって、
今のタバコに対する嫌悪感は度を越していると思う。

 

「タバコを吸いたい人は吸いましょう。
他人がとやかく言うことではありません。
しかし、マナーは守りましょうね。」

 

程度の雰囲気で事足りるような気がする。

 

自分が嫌だから、自分はそうは思はないから
何でもかんでも批判、排除してしまおうという考え方は危なっかしい。

 

僕はタバコが好きだ。
今は吸いたいと思っているし、やめようと思った時にやめるだろう。
そんなことをタバコを吸いながら思った。

 

 

 

タトゥー・刺青、そして銭湯

こちらのテレビをつけたら刺青・タトゥー特集をやっていた。
伝統的な彫師や刺青にまつわる小話などを紹介していた。
驚いたのが、オーストリアの皇后エリーザベト(シシィの愛称で知られる)も
タトゥーを入れていたそうだ。

そんな中、日本の銭湯も話題に出て、こっちのジャーナリストが実際に
タトゥーが原因で退店を命じられていた。
ヤクザ・暴力団関係で入店はお断りしているということだった。
東京オリンピックに向けて、この規制は緩和されていく方針?だそうだけれど、
まだまだ日本では刺青・タトゥーはドイツ程浸透はしていない模様。

 

ドイツではどうなのかというと、
大学ではタトゥーを入れている学生もいれば、入れてない学生もいるといった感じ。
実際に統計を取って調査した訳じゃないけど、まぁ入れてない学生の方が
多いかなという印象。服に隠れて見えないところに入れてる学生も含めると
どうなんだろう。まぁ、学生間でタトゥーによって不当に扱われるということはない。
実際、僕の友達も入れている奴もいれば、入れてない奴もいる。
街中では、服に隠れない程大きなタトゥーを入れている人は大勢いる。
入れるのも入れないのも個人の自由といった感じで、別段気にしてる感じはない。

じゃあ、例えばタトゥーを入れた人が銀行員にいるか?というとそうでもない。
こちらの銀行はモダンで洗練された雰囲気を打ち出していってるので、銀行員の方々は
スーツに革靴でビシッと決めてたりする。なので目につく場所にタトゥーを入れてる
人は見たことない。
やっぱり色んなお客さんと関わる職業ではタトゥーを入れてる職員は使いにくいんだろうね。

 

さて、日本の話に戻るけど、
日本での問題点は、タトゥー反対論者の主張が説得性に欠けるところではないだろうか?タトゥーをめぐる議論で上がるのは大体以下の点だろう。

・ヤクザ・暴力団関係者に対する恐怖
・刺青・タトゥーは犯罪者の印だった
・衛生的な問題・感染症防止
・気持ち悪い、ただ単に嫌だ
・日本人には似合わない
・ここは日本だ
・タトゥー規制はドレスコードだ

 

抜けているところがあるかもしれないけど、
これでは海外の日本とは異なる文化背景で暮らしている人を
説得するには不十分だと思う。

 

一つ一つ僕の見解を述べていくと...

 

まず、ヤクザ・暴力団に対しては公然と反対の意思を表明すればいいのでは?
それとも刺青を入れているということが大切なの?刺青を入れていないヤクザも
いると思うんだけど。ヤクザが怖いからという理由で、ヤクザでない外国人を規制する理由にはならないと思う。

それから、タトゥーは犯罪者のもの・印だったと言う人もいるけど、そもそも

日本における刺青の歴史は長く遡れば縄文時代からあるし、江戸時代にも
刺青を入れた飛脚の写真とかも残っている。犯罪者だけのものではないでしょう。

衛生面で言えば、針の使い回しが原因で感染症になることはあるかもしれないけど、
それは教育で改善できる問題でしょう。温泉・プールで刺青のある人と一緒になったら
感染するのなら、ドイツでは今頃大問題になってるはずだけど、そういう話も聞かない。

気持ち悪い・不快だと主張する人は、例えば僕がハゲの人が不快だから
規制しろと言ったらどう反応するんだろう?
気持ち悪いと思うなら、それはそれで尊重するけど、だからと言って
他人の行動を規制するに足る理由にはならないよね。

似合わないって理由も、じゃあ誰が似合う似合わないを決めて、
似合う似合わないで他の人の行動を規制していくの?
デブの人はスポーツカーが似合わないから乗るなと言っているのと同じ。

ここは日本だという主張も言いたいことはわかるけど、
どんどん国と国の距離が近くなってる現代社会でどこまで通用するのかが疑問。
「郷に入っては郷に従う」って言葉もあるし、それは尊重すべきだと思うけど、
外国人観光客によって潤っている観光都市もあるだろうし、日本だけで独自で
やっていきたいのなら、じゃあ貿易や多国籍企業はどうなるの?
企業が工場を海外移転したり、外国産の安い製品にも反対してるの?
そもそも日本の政治も教育制度もヨーロッパから輸入したものだけど、
じゃあそういう人達は民主主義も否定するのかな?

ドレスコードに関して言えば、確かにそうだよね。
客が店を選ぶように、店にも客を選ぶ権利があると思う。
刺青・タトゥーを禁止しているお店はそのポリシーを貫いて、
仮に今後どんどん緩和されていってタトゥーを入れた客を失うことになっても、
それで他店と競争していってもらえればいいと思う。
ドレスコードを設けている店は、別に世間体や規制を気にしているのではなく、
店の雰囲気を考えてのことなんだし。

 

相手を納得させたいのなら、
ただ漠然と日本でそうなっているからでは弱くて、
ちゃんとその根拠・主張の正当性を示さなきゃならないよね。
でも、この刺青・タトゥー問題に関してはそこがイマイチなのが残念。
逆に言えば、ちゃんと説明できるのなら海外の人も納得してくれると思う。
今のままでは単なる刺青・タトゥーに対する偏見に基づいた差別だと言われても
仕方がないように思える。

 

僕は別に刺青・タトゥー入れてても気にならないけどね。
こういうこと言うと、じゃあお前は入れているのかと言われそうだけど、
僕は入れてないし今後も入れないと思う。
タトゥーに賛成することと、自分が入れるというのは別次元の問題であって、
互いに何の関係もないと思う。

 

自分にとって人と関わる時に重要なのは、
相手が刺青・タトゥーを入れているか入れていないかではなくて、
その人が何を考え、何をしている人なのかだから。
表向きにどれだけ良い人そうに見えても、例えば電車の中で痴漢しているのなら
僕はその人を最低な奴だなと思う。
タトゥー入れてる人に関しても、何となく入れて後悔してる人とかは

正直かっこ悪いなと思う。

相手に見られているかどうか、世間はどう見るかで行動するのではなく、

自分で考え行動して、その結果に責任を持つことは大切だよね。

 

ただ何となく偏見でタトゥーが嫌だからという理由で、

相手を拒絶したり、蔑んだりバカにしたりするような人は、
その人の社会経験不足であったり、品性が問題なのであって、
僕は相手のことを尊重できる社会が過ごしやすいと思う。

 

こんにちは

ブログ始めました。

まずは軽く自己紹介から

 

ドイツの大学で哲学とドイツ学を専攻している25歳の学生(男)です。

こちらに越してきてからおよそ1年半、現在は私の彼とその同居人の

三人で暮らしています。

4月から大学が再スタートするにあたって、

大学外でもいろいろ挑戦してみようと思ってます。(詳細は長くなるのでまた後日)

 

ブログには日々の生活・学業・仕事に関して綴っていこうかなと思ってます。

あぁ、あと暇?な学生の考えや意見も記事にしていこうと思います。

 

このブログの記事に対する建設的な批判や異議は大歓迎です。

ただ無意味な誹謗中傷は残念に思います。

 

人の考え方や生き方はそれぞれ、と思って生きてます。

その中で意見を擦り合わせ、合意を形成できたら理想的かなと思うし、

また、その過程が面白いと思います。

 

世の中は偏見に満ちています。自分の中にも偏見はあるし、

けれどもそういった先入観や偏見を一回全部取っ払うのが

こちらでの目標です。

 

何はともあれ、地道にコツコツ書き溜めて

後になって自分で読み返した時に面白いなと思えれば

始めた甲斐があるというものです。

 

あまり自己紹介にはなってないかもしれませんが、

まぁ要は気楽な人間です。

 

よろしくお願いします。